技術を受け継ぎ、人を育て、未来を形に⸺ラヨン製造所の挑戦
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2013年、UACJは日本のものづくりの技術を礎に、世界へ新たな一歩を踏み出した。その象徴が、東南アジア最大規模のアルミ圧延拠点——タイ・ラヨン県に建設された「ラヨン製造所」だ。
何もない更地に一本目の杭を打つところから始まった挑戦は、電力・水・道路、そして人の力までもゼロから築く壮大なプロジェクトだった。
その歩みを支えてきたのは、日本とタイ、ふたつの文化と技術が交わる現場の力。今回は、設備・製造・通訳といった異なる専門分野からラヨン製造所の発展を担ってきた4人のメンバーに、立ち上げ期の経験と、そこから生まれた想いを聞いた。
SPEAKER

UACJ (Thailand) Co., Ltd.
Engineering & Maintenance Dept.
Mechanical Engineering
Senior Manager
Edison Jitpreeda
(ニックネーム:ニックさん)

UACJ (Thailand) Co., Ltd.
Production Dept.
Coating
Deputy Manager
Busaraporn Jarusapanan
(ニックネーム:ギックさん)

UACJ (Thailand) Co., Ltd.
Production Dept.
Cold Rolling
Production Unit Leader
Sayam Chaisa
(ニックネーム:サヤームさん)

UACJ (Thailand) Co., Ltd.
Administrative Dept.
Human Resources Management
Administrative Expert (Int.)
Wanalee Kobkhum
(ニックネーム:ニンさん)
ゼロから始まったラヨン製造所
——UACJラヨン製造所に入社したきっかけを教えてください。
ニックもともとは別の製造会社でエンジニアとして働いていましたが、UACJが新しい工場をタイに建設すると聞き、“ゼロからものづくりを始める”という言葉に惹かれて参加することを決意しました。
サヤム入社のきっかけは、UACJの新しい工場の立ち上げに関われると聞いたことでした。もともとアルミ素材に興味があり、日本の技術を学べるチャンスだと思って応募したのがきっかけです。
ギック以前はアユタヤにある会社で働いていましたが、2011年の洪水で大きな被害を受け、操業を続けることが難しくなってしまったんです。その時に声をかけてくださったのが、当時のこの会社の代表でした。再びものづくりの現場に携われることに魅力を感じ、この新しい挑戦に参加することを決めました。
ニン日本の企業がラヨンに新しい工場を建てるという話を聞いて、ぜひ参加したいと思ったのがきっかけです。当時から日本の文化や日本語に興味があって、日本で研修を受けられるという点にも惹かれました。
——立ち上げ当時の現場はどんな様子でしたか?
ニックまず日本で研修を受けてからラヨン製造所の設備立ち上げに参加しました。最初に担当したのは、日光製造所から移設された冷間圧延機の設置です。
最初は何もかもが初めてで戸惑いましたが、日本のエンジニアが丁寧に教えてくれました。日本の現場で学んだことは、今でもとてもいい経験になっています。
また、日光製造所の圧延機はタイでは導入例のない大規模なもので、作業のスケールの大きさに圧倒されたのを覚えています。
サヤム1年間の研修を経てラヨン製造所の立ち上げに参加し、経験の少ない仲間とゼロから工場をつくるのは大きな挑戦でした。日本で学んだ、安全と品質を徹底する姿勢は自分の支えとなり、タイの現場でもその考え方をチームに共有するよう心がけていました。
ギック私が現場に入った当初は、まだ工場も事務所もない状態で、コンテナの中で作業を始めていました。まさに一からのスタートでした。
当時は、日本のスタッフも外国人と一緒に働く経験があまりなく、お互いに文化の違いを理解しながら進める必要がありました。そうした環境の中で、協力し合いながら仕事を進めることができたのは大きな経験でした。
ニンまず日本の研修に参加し、アルミ圧延に関する基礎知識を一から学びました。もともとアルミの分野に関わったことがなかったので、すべてが新しい発見でしたね。通訳として技術的な内容を正確に伝えるためには、自分自身が理解していなければならないので、専門的な部分も一緒に勉強しました。
ラヨンとともに歩んだ10年の軌跡
——日本の技術を引き継ぐプロセスで印象的だったエピソードはありますか?
ニックアルミの製造は人の手で動かす作業が多く仕組みを理解するのが大変でした。そんなとき、日本の現場の方が図を描きながら一つひとつ説明してくれたことが印象に残っています。
日本での研修では技術だけでなく、正確に伝える工夫や教える姿勢も学びました。その経験はタイに戻ってからの設備立ち上げでも大きな支えになりました。
サヤム日本で研修を受けたとき、最初に驚いたのは設備の操作盤でした。タイで扱っていたものよりずっと大きく、ボタンの数が100個近くもあったんです。「全部覚えられるかな……」と不安になりました。
しかし日本の現場の方が、「全部を一度に使うわけじゃない。工程ごとに必要な操作だけを理解すればいい」と教えてくれて——。教え方もとても丁寧で、実際に手を動かしながら覚えるうちに、自然と理解できるようになっていきました。
今では、より使いやすい設備に改良されていますが、当時の経験がしっかり生かされていると感じています。
ニン日本で研修を受けたときに一番印象に残っているのは、日本の方々の“教える姿勢”です。言葉の壁がある中でも、私たちに理解してもらおうと、図面を描いたり、現場で実際に動かしながら説明してくれたりして、とても丁寧に教えてくれました。その熱意にふれて、「自分もこうやって相手に伝えたい」と強く思いました。
あの経験があったからこそ今の自分があると思いますし、今でも日本で指導してくれた方々には心から感謝しています。
——立ち上げメンバーとして「一番大変だった挑戦」は?
ニック最初の“作業工程の組み立て”が一番難しかったです。ただ、日本での研修で学んだ“現場を実際に見ながら計画を進める”という考え方がとても役立ちました。
自分の経験に日本で教わったことを重ねることで、今では後輩や新入社員を指導するときの大きな支えになっています。
サヤム最も苦労したのは、アルミ圧延機の操作を現地スタッフに教えることでした。部品も工程も多く、まずは名称や仕組みを覚えてもらうことからのスタート。限られた期間で安全面も含めて習得してもらう必要があり、常に時間との戦いでした。
日本で学んだ教え方を思い出しながら工夫を重ね、やがて彼らが自ら後輩を指導するようになった時は大きな喜びを感じました。支えてくれた日本のスタッフや通訳の仲間には、今も感謝しています。
ギック一番大変だったのは試運転(テストラン)の期間でした。大規模設備を安定させるまで想定外の調整が続きましたが、日タイのメンバー全員で支え合いながら乗り越えたと思います。だからこそ、最初のコイルが完成した瞬間の喜びは特別でしたね。
ニン最も大変だったのは、試運転時の想定外トラブルへの対応でした。高所や狭所、騒音の中という環境での聞き取りと伝達は想像以上に緊張感がありました。言語の壁を乗り越え、スムーズに意思疎通ができるようサポートできたのも、アドバイザーのおかげだと感謝しています。そうして迎えた初めてのコイル完成の瞬間は、今も忘れられません。
——勤続10年以上の中で思い出に残っているエピソードは?
ニック設備の運転中に小さな火災が起きたときのことです。幸い大きな被害には至りませんでしたが、設備の構造や安全対策について改めて考えるきっかけになりました。経験としては大変でしたが、この出来事が“安全を最優先に考える”という意識を強くしてくれたと思います。
サヤム一番の思い出は、日本で研修していたときに感じた“おもてなし”の温かさです。現場での指導だけでなく、生活のことや食事の面でもまわりの方々が丁寧にサポートしてくれました。おかげで不安なく研修に集中することができました。
休みの日にはスキーにも連れて行ってもらいました。タイでは雪を見ることがないので本当に新鮮で——。今でもその景色を覚えています。仕事だけでなく、そうした時間も日本の文化を知る大切な経験になりました。
ギック私も日本で研修が一番印象に残っています。仕事以外の日は、花火大会や神社巡り、福井の「三国祭」にも参加させてもらって、日本の文化に直接ふれることができました。マラソン大会に出場したこともあり、仕事以外の時間も本当に楽しかったです。
ニンやっぱり日本で研修していた時の思い出が一番印象に残っています。週末は日本のスタッフに各地へ連れて行ってもらい、遊園地で乗ったジェットコースターの衝撃は今も忘れられません。あの一度で一生分のスリルを味わった気がします(笑)。
タイに戻ってからは、日本から来たスタッフを私たちが迎える番になり、仕事を超えて関係が深まりました。通訳として両国の橋渡しができたことは、今でも大きな誇りです。
——日本人とタイ人による文化や考え方の違いをどのように乗り越えましたか?
ニックタイでは「まずやってみる」という考えが強いので、日本で学んだ“確認してから進める”姿勢は大きな気づきでした。最初は価値観の違いに戸惑いましたが、話し合いを重ねることで互いの考え方を理解し合い、安全や品質を守る意識が自分の中でも強く根づいたと思います。
サヤム日本での研修では“事故を起こさないための準備”がとても徹底されていて、小さなミスでも見逃さない姿勢に驚きました。
タイではまだその意識が十分ではない部分もありますが、日本で学んだ安全対策の考え方を取り入れて、ラヨン製造所をより安心できる場所にしていきたいと思っています。
ラヨンの仲間たちが次の世代へ伝えたいこと
——次の世代に伝えたいことは?
ニックどんな仕事でも、最初にしっかりとした計画を立てることが一番大事だと思います。良い計画ができれば、その時点で成功の8割は決まります。しっかりとした土台を作っておけば、どんな課題にも前向きに挑戦できる。それが、これからの世代に伝えたい“仕事の基本”です。
サヤム次の世代に伝えたいのは、UACJが大切にしている3つの価値観です。ひとつ目が「相互の理解と尊重」、ふたつ目が「誠実さと未来志向」、そして最後は「好奇心と挑戦心」です。
この3つの価値観を意識して取り組めば、きっと良い仕事ができると思います。日本やタイだけでなく、世界の中でも信頼されるUACJを一緒に作っていってほしいです。
ギックUACJの一員であることに誇りを持つことの大切さです。会社が掲げる理念やミッションはとても素晴らしいもので、それを意識しながら働けば、きっと自分自身の成長にもつながるはずです。
次の世代のみなさんには、自信とプライドを持って、UACJの未来をさらに良いものにしていってほしいです。
ニンこの仕事を通して感じたのは、“学び続けることの大切さ”です。通訳として日本語を扱うだけでなく、アルミ圧延の技術や製造の流れも理解することで、より正確に、そして自信を持って伝えられるようになりました。
次の世代のみなさんにも、知識やスキルを吸収しながらUACJの一員として誇りを持ち、未来につながる“ものづくり”を続けていってもらえたらうれしいです。
——今後、どんなラヨン製造所にしていきたいですか?
ニックこれからは、より環境にやさしい工場を目指したいです。アルミのリサイクルや再利用を進め、エネルギー効率を高めることで、持続可能な生産を実現したい。
“環境にも人にも優しい工場”として、地域に貢献できる存在に成長していければと思います。
サヤムアルミ圧延の技術を生かし、環境に配慮した生産体制をさらに強化したいと考えています。地域と共に成長し、「UACJといえば信頼される会社」と皆さんに言ってもらえるよう、アジアから世界へ広げていきたいです。
ギックラヨン製造所を、アルミ技術を学べる“学びの場”にしていきたいです。学生や若い世代が訪れ、技術や環境への取り組みを知る機会をつくれたら素敵だと思います。また、タイのスタッフが主体となって成長を続け、グループを支える拠点へ発展させていきたいです。
ニン「ここで働けて良かった」と思える職場であり続けてほしいです。社員一人ひとりが誇りを持ち、温かい心で支え合う会社にしたい。
私自身、多くの人に支えられて成長してきたからこそ、胸を張って「UACJで働いています」と言える未来をみんなで築いていきたいです。


