企業の垣根を越えて挑む、アルミ缶リサイクルの取り組み ~新会社UYARが描く、資源循環と環境に優しい未来~
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アルミ缶は、日本で年間約200億缶(*1)が消費されており、それらの94.7%(*1)がリサイクルされ、そのうちの73.3%(*1)が、再びアルミ缶へと生まれ変わる水平リサイクル(Can to Can)として活用されている。
UACJは、1964年のアルミ缶の蓋材の開発や1971年のオールアルミ缶向けの缶材の製造など、日本のアルミ缶材の歴史を支えてきた。
そして2026年、福井の地で新たなリサイクルの取り組みを始めるべく設立された会社がある。それが、当社とアルミ缶のリサイクルを手がける山一金属株式会社との合弁会社「UACJ山一アルミ缶リサイクル株式会社(以下、UYAR)」だ。今回のテーマは、新たなリサイクル事業の実現に向けて、二つの会社が力を合わせ、未来を切り拓くストーリー。UYARの立ち上げを担ったスタッフにその歩みとこれから描く未来について話を伺った。
- アルミ缶リサイクル協会2025年度データによる
SPEAKER

執行役員ビジネスサポート本部長
(本社板事業の生産企画部長)
浦吉 幸男

執行役員 ものづくり基盤本部長
(福井製造所の生産技術部長)
紙谷 徳彦

UACJ福井製造所長 兼 UYAR代表取締役社長
坂野 公則

UYAR取締役副社長
(会社組織体系や諸制度の設計など新会社発足に向けた仕組みづくりの推進役)
正田 宗之

UYAR製造部長
(受け入れから製造・出荷まで、立ち上げ全般を担当)
亀山 央樹

ものづくり基盤本部 設備部長
(福井製造所 設備部主幹)
笹川 博司

財務本部 財務部長
(本社板事業の営業企画部長)
数田 智亮

経営戦略部 経営企画グループ長
(本社板事業の営業企画部主査)
松木 省吾

UACJ福井製造所 鋳造工場長
(鋳造技術室長 / UACJ側のチームリーダー)
角海 和宏

UACJ福井製造所 生産技術部 鋳造技術室
(設備立ち上げの実働と、山一金属との窓口を担当)
山埜 史也

山一金属株式会社 代表取締役
(生産・営業・企画を管掌する役員)兼UYAR取締役副社長
大賀 丈久様
- ( )内は当時の役職・役割
第一部:なぜ新会社が必要だったのか (「UACJ山一アルミ缶リサイクル」の誕生) —— アルミ缶リサイクルの戦略と調印の決意
1. 「増産相談」から始まった合弁会社設立への道
——2021年に両社が基本合意を結んだ背景には、どのような経緯があったのでしょうか。
浦吉UACJは、以前からアルミニウム板材の製造においてリサイクルに取り組んできました。このリサイクルをさらに拡大する議論を進めていく中で、これまでの溶解・鋳造・圧延・仕上といった製造工程だけではなく、リサイクルの核となる「原料前加工」の領域にも事業を広げていくことで、事業構造自体を変革していこうという想いがありました。
松木これまでの当社のビジネスモデルを例えるなら、「ある程度加工された食材を買ってきて、料理を作る」というようなイメージでした。それを「材料から自前で加工できるようにしていきたい」という目標があり、環境に対する付加価値を高めていきたいと考えていました。その中で合弁会社という選択がありました。
数田新事業や新会社を立ち上げる方法には、大きく分けて「自社でゼロから事業を立ち上げる」「既存の企業を買収する」「技術やノウハウを持つ企業と協業する」の3つがあると思います。アルミ缶のリサイクル事業について、原料前加工は、調達と加工が大きな柱になりますが、リサイクル原料を調達できなければほとんど意味がありません。原料の調達は全国から集める必要があり、当社がいきなり集めるのは困難な状況でした。
浦吉そのような課題の中で、山一金属さんは、国内でもトップクラスの調達網を有しています。また、当社は長年にわたる取引を通じて、山一金属さんの優れた技術力と調達力を間近で見てきました。同社と協業することで、国内におけるリサイクル事業を迅速かつ確実に実現でき、調達力と技術力を持つ山一金属さんと協業する方法が最善の選択肢だと考えました。
大賀さん(山一金属)当時、UACJさんの会長と社長が当社にいらっしゃり、お話を伺ったときは、期待と緊張が入り混じっていました。リサイクルを全面的に広げていきたいと志す日々の中で、最初はJV(合弁会社)ではなく、当社に設備能力を増強できないかという「増産」のご相談でした。その後、会話を続けていくうちに、「一緒に創っていくことに価値が生まれる時代だからこそ、例えば福井製造所の一角に設備を置いてJV(ジョイントベンチャー)にするのはどうだろうか」という話になりました。ただ、当社(山一金属)はJVを作った経験もありませんし、巨額の投資経験もほとんどなかったため、まさに二人三脚で対話を重ねながら挑戦がスタートしました。
2. 埋めていった「価値観のギャップ」
——プロジェクトを進める中での苦労はいかがでしたか。
紙谷私は2020~21年にかけて、缶材の主力拠点の福井製造所の生産技術部長を務めていました。山一金属さんとの合弁会社設立にあたり、設備仕様や生産技術の内容を決定する役割を担いました。当時、山一金属さんは、国内で唯一アルミ缶の蓋とボディの分離技術を保有しており、世の中で販売している設備をうまく組み合わせたり、または独自で開発されたりしていました。単純に「この機械を購入すればよい」という話ではなく、設備構想や技術的な考え方について、山一金属さんとUACJが相互理解のもと互いに納得することに大変苦労しました。
浦吉当社としては、自動化・大型化をして、人がいなくてもしっかりした品質のものができる状況を作りたいという狙いがありました。一方で、山一金属さんは熟練の“人によるノウハウ”を強みとされており、その価値観やアプローチのギャップを埋めるのには苦労しました。
松木合弁会社設立を目指す上で、山一金属さんの技術を生かしつつ、当社側は設備の設置やインフラ提供を行うという役割分担を明確にする必要がありましたので、徹底的に話し合いました。
大賀さん(山一金属)我々は、中小のオーナー企業で、コンプライアンスや契約書に対する価値観もそうですが、リテラシーが大きく違いました。当時メールやWEB会議などでのやり取りではなかなか細かなニュアンスを伝えることができませんでした。「対面でやりましょう。」と、松木さんからご提案があり、実際に2泊3日で泊まられて、「工場の話なので現場で確認しましょう。」と現場を見ながら進め、その後も夜遅くまで、本当にさまざまな会話をさせていただきました。UACJの皆さんもものづくりを徹底されていて、製造に関して大変理解があり、想いが重なる部分がありました。
3. 調印式、擦り切れたハンコに込められた決意
——迎えた調印式の日のことを教えてください。
松木私自身、合弁契約を作る仕事は初めてでした。更に会社全体の大きなプロジェクトであり、契約締結という最初のゴールに到達できたのは、ひとつの大きな区切りという気持ちでした。
浦吉交渉の中で何度か難航する場面がありましたが、無事に調印式を迎えることができたので、「ついにこの日が来たな」という思いと、これからまたスタートだなという気持ちもありました。
数田交渉に携わったメンバーが一堂に会し、一緒に契約書へ押印した瞬間は、まるで結婚式のような感じでした。お互いの目指す方向が一緒になり、「これから一つの会社として、一緒にやっていこう」という空気感がとても感慨深かったです。山一金属さんも長い歴史のある会社で、代表印は長年の使用によって擦り切れていました。判を押すときに「本当に色々あったんだよ」とお話しされていたのが印象に残っています。それだけ山一金属さんとしても非常に大きな決断だったと思いますし、当社も新たな未来に向けた大きな一歩だったと思います。
大賀さん(山一金属)あの代表印は先代の時代から60年くらい使っており、会社の歴史とともに歩んできた印章と言えます。これまで数々の重要な決断や節目に立ち会ってきた代表印です。だからこそ、その込められた重みや覚悟をいうものが、UACJの皆さんにも伝わったのかなと思います。「このプロジェクトを成功させなければならない」という強い使命感と確固たる決意を改めて感じました。
――特に印象に残ったことはありますか。
大賀さん(山一金属)当社(山一金属)の社員で、現在、UYARで働く者が、大舞台で「山一を超えるアルミ缶の水平リサイクル99.9%の品質を目指す!」と宣言しました。それで会場が湧きまして。新会社では山一金属を超えるものを作るぞという、親子関係ではなく「ともに未来を築いていく」そんな覚悟が伝わった瞬間でした。
第二部:模したはずの設備が動かない —— 福井の現場で繰り広げられた試行錯誤と一体感
4. 作り手と使い手が「同じ現場で同じ空気を吸う」狙い
——新会社「UYAR」は、福井の地でどのようなコンセプトのもとスタートしたのでしょうか。
坂野UYARは、使用済みのアルミ缶(UBC:Used Beverage Can)をリサイクル原料へと「作る側」の会社です。一方で、同じ敷地内にあるUACJ福井製造所は、その原料を「使う側」としてアルミの板材の製造を行っています。
角海これまでは完全に分かれていたリサイクル材を「作る側」と、それらを使用する「使う側」の工場が、一つの敷地に並んだわけです。
坂野リサイクル材料を「使う側」の視点を持てば「どのような原料が使いやすいのか」に気づくことができますし、「作る側」の視点を持てば、また違った課題や可能性が見えてきます。その両面を一つに融合させて、リサイクル性を高めながら、良質で低コストなものを世の中に供給していきたい。だからこそ、作り手と使い手の両方を「一つの視座」で捉えること。つまり、ひとりで二つの役職を担うこと自体に、重要な狙いがあるのです。私はよく「同じ現場で同じ空気を吸う」という言い方をします。立場の違う人たちが、同じ場所で同じ目標に向かう。その距離の近さが、本当によいものを生み出すと思っています。
5. ゼロからのルール作りと、図面なき設備設計
——会社を一から立ち上げるにあたり、現場では何から整えていったのですか?
亀山両社は文化が違いますから、安全や環境の規定、いわゆるマネジメントシステムについても、それぞれ異なる仕組みを持っています。それをどう一つにまとめ、UYARとして採用していくか。何度も会議を重ねて決めていきました。会議内容は、どちらか一方が決めるのではなく、双方が納得できる、より良い形をUYARとして築いていく。そこを最優先にしたのです。
笹川導入する設備は、UACJにとっても前例のないものだったので、まさに手探りからの出発でした。参照できる詳細な資料も限られていたため、既存設備のデータ測定から設計図面の作成まで、自分たちの手で一から基礎設計を組み上げていったのです。現場に足を運び、実物を見て確かめるという徹底した現場主義の調査が、最適な設備設計に繋がったと考えています。
山埜私たちはこの分野の知見がまったくないところからのスタートでした。当時は、とにかく「本当にものが作れるのだろうか」というところからの出発だったのです。
角海正直に申し上げると、私たちUACJには、このUBC処理の技術がまったくありませんでした。鋳造ひとすじでやってきた人間が、知見のない新しい技術に向き合うことになりました。そのため何度も山一金属さんのもとへ足を運び、一から教わりながら、ようやく設備の導入が実現できました。
笹川これだけの大型プロジェクトは、若手・中堅のメンバーが設計や管理の力を大きく伸ばす絶好の機会でもあります。そのため徹底した対話を重ね、山一金属さんとも、安全性や作業のしやすさの観点から、納得がいくまで何度も何度もレイアウトを見直しました。部署や会社の垣根を越えて密に情報を共有していくことこそが成功の鍵だと、メンバーに伝え続けてきました。
6. トラブル発生「模したはずの設備が、同じに動かない」
——製造設備は、山一金属さんの既存の設備をモデルに作られたそうですね。
亀山はい。同じ設備なら、同じものができるはず——そう思われました。ところが現場で待っていたのは、模したはずの設備が、思うように同じには動かないという現実だったのです。わずかな構成の違いが、品質や生産性に想定以上の影響を及ぼしました。原因の究明から対策まで、本当に時間がかかりました。生産面で解決の目処がつくまで、およそ半年を要しました。
山埜山一金属さんにとっては当たり前の作業が、私たちにはなかなか同じようにできない。まるで手探りで進むような日々で、一歩進むごとに新しい課題が現れる。試しては見直し、また試す。その繰り返しでした。
角海私たちが「同じはず」と考えていた一方で、山一金属さんの設備は、長年のあいだに改良が重ねられており、その改良が、新しく立ち上げたこちらの設備には反映されていないものもあったのです。そのため違いがなかなか見えてこず、現地で生産を続けながら、「原因はここではないか」と少しずつ絞り込んで調査していきました。
亀山決め手は、もう一度「どこが違うのか」を一から突き止めることでした。山一金属さんの技術・設備のご担当者に来ていただき、設備をじっくり見て、測定も重ねました。すると、「同じはずなのに、ここが違う」という箇所がいくつも見つかったのです。
笹川やはり、単発の試運転と、24時間動かし続ける「連続操業」とでは、条件がまるで変わってきます。そのため計画の段階から、工程表だけでなく、不具合の修正や安全診断といった「予期せぬ停滞」をあらかじめ織り込んだ、緻密なスケジュールを組みました。試運転に入る前から、山一金属さんのメンバーに現地へ入っていただき、実体験にもとづく「つまずきやすいポイント」を事前に共有していただけたことも、大きな助けになりました。あとは現場が一丸となって、粘り強く条件出しを続けました。
7. 毎日のおしゃべりが変えた空気感
——異なるバックボーンを持つメンバーたち。現場の一体感はどのように築かれていったのでしょうか。
山埜最初は、メンバーのあいだにまだ距離がありました。山一金属さんから来てくださった方と、当社から集まった者とが、互いに初対面に近い状態でしたから。山一金属さんの方が「こうしてはどうか」と助言をくださっても、私自身がその意図を十分に理解しきれないこともありました。
角海その空気を変えたのが、山埜さんが中心となって続けた日々のコミュニケーションだったと思います。現場に顔を出す中で、徐々に山埜さんが信頼を得て、中心となって場をまとめられるようになったという変化がとても印象的でした。「まず山埜さんに相談しよう」と、頼られる存在になっていきました。
山埜最初は何もわからなかったのですが、毎日ミーティングを続けるうちに、私のなかにも「ここが大事なのだ」という部分が見えてくるようになったのです。作業にあたる一人ひとりも要点をつかみ、「ああしよう」「こうしよう」と意見を出してくれるようになりました。一対一で話せば、提案を素直に受け止めて試してくれる。最初と比べて、現場が少しずつ温かくなっていくという確かな手応えを感じました。頼って相談してくださるようになったときは、「やってよかった」と心から思いました。条件がかみ合って結果が出たときの手応えは、何物にも代えがたいものでした。
亀山現場で働くメンバーは、UACJのさまざまな工場から集まってきたのですが、これまでの職場では使うことのなかったユンボ(*2)やホイールローダー(*3)、大型トラックなど、荷役・建設機械の運転資格を一から取得してもらう必要がありました。配属の3カ月ほど前に本人へ伝え、資格を取ってもらったのですが、出向してきたメンバーは、新しい仕事に希望を持って前向きに取り組んでくれました。長く同じ作業を続けてきた人たちが、前向きに挑戦してくれる姿は、本当に頼もしいものでした。立ち上げにあたっては、山一金属さんの作業アドバイザーを各班に配置していただき、日常の作業から突発的なトラブルへの対応まで、丁寧に教えていただきました。
- 圧縮処理された大きなUBCの塊を、ハサミ状のショベル部で破砕できる大きさまで粗く破砕する「油圧ショベル」のこと。
- ユンボ(油圧ショベル)で解砕したUBCを、車体前方の大きなバケットですくい上げ、コンベアに投入するタイヤ走行式の重機。
——新会社を動かすための土台(組織や制度)づくりも手探りの連続だったそうですね。
正田私は2024年3月の起工式から参画し、組織設計や諸制度、社則・マニュアルの作成、各種契約締結など、いわゆる「新会社発足に向けた仕組みづくりの推進役」として全社各部門のエキスパートと毎週議論を重ねて「決め事を決める」作業を進めました。私自身、こうした合弁会社を立ち上げた経験はなく、まさに暗中模索でした。山一金属さんとも密にコミュニケーションを取り、独りよがりにならぬようコンセンサスを丁寧に重ねていきました。約1年に及ぶ準備期間を経て迎えた法人登記直前、両社からの 出資金が正式に払い込まれ、明細にその実績が刻まれた瞬間を見たときは 、心から嬉しく、同時に身震いしました。手探りで立ち上げてきた会社に初めて『資本』という血が通った瞬間であり、これほど重みと愛着を感じた資金は人生で初めてでした。
第三部:アルミ缶を、何度でも生まれ変わらせる社会へ —— UYARが切り拓くサーキュラーエコノミーの未来
8. 「水平リサイクル100%」と「地産地消」の価値
——改めて、UYARの誕生がもたらす最大のメリットは何でしょうか。
松木一番大きいのは、原料の調達量をコントロールできるようになった点です。合弁会社ができる前は、山一金属さんがどこで原料を買ってどこに売っているのか、我々がどれだけUBC(使用済みのアルミ缶(UBC:Used Beverage Can))を購入するのかが互いに見えない需給環境でした。問題になるのは「シェア」です。海外の企業が日本からUBCを買い出すと、我々が買える原料が減ってしまう。一緒にやることによって、UBCの国内の動きが見えやすくなったのは大きなメリットです。
紙谷アルミ缶を潰して押し固めた「UBC」を粉砕し、異物を取り除いて、表面の塗料を焼いて「DCC(Delacquered Can Chip)」という1cmぐらいの丸いボール状の素材にします。アルミ缶の蓋とボディは材質が異なり、リサイクル率を上げるにはボディ材(3000系)と蓋に使われるエンド材(5000系)の分離が必要でした。この分離技術を持つ企業が国内では唯一、山一金属さんでした。タッグを組んで設備導入したことにより、成分を混合させることなく、同じ合金の水平リサイクル(Can to Can)ができるようになりました。
数田原料前加工に関わっていくことで、アルミ缶の循環リサイクルを実現していく上で今までより幅広い打ち手を講じることができるようになりました。原料前加工を我々が持つことによって、環境価値という新たな軸で需要を作り出し、アルミ缶リサイクルの最前線に立てるというところには大きな意味があると思います。
浦吉キーワードは「地産地消」です。日本にはアルミニウムの原料となるボーキサイトなどの鉱山がないので、UBCは非常に貴重な都市鉱山です。リサイクル率を高めていくことで、資源は循環していきます。新会社の設立によって、原材料の調達段階(Scope3)で年間約12万トンのCO₂削減を見込んでいます。「資源を大切にして、しっかり国内で回していこう」というのが我々の大きな目的です。
9. UYARが描く、これからの景色
——最後に、これからの熱い思いをお聞かせください。
浦吉山一金属さんとの20年、30年という非常に長い期間のお付き合いと信頼関係があったからこそ、この地産地消のモデルが実現しました。貴重な資源をしっかり国内で回していく中核拠点として、さらに前進させていきます。
紙谷山一金属さんの持つ独自のノウハウと、UACJが整えてきた組織で動く仕組み。この互いにまったく違う「強み」を認識し合い、文化を尊重し合えたことがUYARの原動力です。このシナジーをグループの基盤にしていきたいですね。
大賀さん(山一金属)「どういう社会を築きたいか」というビジョンを想像し、仲間たちと共有していきたい。数字に縛られた達成感だけではなく、「自分の仕事が社会にポジティブな影響を与えている」と働く全員が実感できる文化を作りたいですね。「この会社で働けて良かった」と思える世界観を共に目指します。
正田UYARは、UBCリサイクルを通じた地球環境保全と循環型社会の達成という大きなパーパスを掲げています。そしてもちろん、このスタートラインで満足するつもりはなく、さらなる進化と事業拡大に向けた将来構想も描いています。ただ、事業活動を永続させ拡張するためには着実に収益を上げなければなりません。早急に生産・調達実力の底上げを図り、UYARとしての強固な「勝ち筋」を作り上げること。私たちの挑戦はこれからも続いていきます。
坂野私たちのミッションは、つまるところ、地球環境への意識を高め、広く社会へ発信していくことだと思っています。次の世代が、これからも豊かな環境で暮らしていけるように。そのために、アルミという素材の力を最大限に引き出して、世の中に届けていくのです。立場も出身も違う仲間たちが、同じ現場で同じ空気を吸いながら、ここまで来ました。これからも、合言葉は変わりません——「みんなで、いい会社にしましょう!」。
企業の垣根を越えたUYARの挑戦は、国内資源の水平リサイクルを強力に牽引し、社会変容を起こす確かな一歩となった。同じ空気を吸う仲間たちが福井の地から世界へと紡ぎ出す、環境に優しい未来の景色に、これからの期待がますます高まる。


